時系列データの異常検知は、産業界で極めて重要なテーマです。従来の手法では、大量のトレーニングデータや専門的なモデリング技術が求められていましたが、LLM(大規模言語モデル) を活用する新しいアプローチが、ゼロショット推論の可能性を示しています。

本記事では、MITの研究チームが提案した「SIGLLM」フレームワークを基に、LLMを利用した時系列データ異常検知の手法とその実用性について詳しく解説します。

【本記事のもくじ】


https://arxiv.org/abs/2405.14755

時系列データ異常検知の重要性と課題

異常検知の役割

時系列データは、製造、金融、医療、ITなど多くの分野で広く活用されています。これらのデータにおける異常検知は、以下のような重要な役割を果たします:

  • 製造業:設備の異常検出による故障の予防。
  • 金融業:不正取引や市場の異常動向の監視。
  • 医療分野:患者モニタリングデータの異常検知による緊急対応。
  • IT分野:サーバーログデータからのシステム障害予測。

しかし、従来の異常検知手法には以下の課題がありました:

  1. データ量依存性
    モデルを構築するためには大量のトレーニングデータが必要。
  2. モデルの設計と調整の難しさ
    高度な専門知識と時間が求められる。
  3. 計算負荷
    リアルタイム処理には高い計算リソースが必要。

LLMの応用は、これらの課題を大幅に緩和する可能性を秘めています。


LLMの新たな可能性:SIGLLMフレームワーク

SIGLLMとは?

SIGLLM(Sequential Input Guided by Large Language Models)は、LLMを活用して時系列データの異常検知を行うフレームワークです。このフレームワークは、LLMのゼロショット推論能力を活用し、追加の学習なしで異常検知タスクを実現します。

主な特徴

  • ゼロショット対応:事前学習済みのモデルをそのまま使用。
  • 簡易な設定:時系列データを適切にフォーマットするだけで利用可能。
  • 高い汎用性:多種多様な時系列データに対応。

時系列データの前処理とフォーマット変換

LLMは元来テキストデータを処理するために設計されています。そのため、時系列データをLLMで処理可能な形式に変換する必要があります。SIGLLMでは、以下の4段階のプロセスを用いてデータ変換を行います。

1. スケーリング

時系列データの値域を調整することで、正規化を行います。これにより、負の値を排除し、LLMのトークン化プロセスを簡素化します。

例:
原始データ X=(x1,x2,...,xT)X = (x_1, x_2, …, x_T)
変換後のデータ Xs=(xs1,xs2,...,xsT)X_s = (x_{s1}, x_{s2}, …, x_{sT}), ここで xst=xtmin(X)x_{s_t} = x_t – \min(X)


2. 量子化

スケーリング後のデータを、有限のトークン空間に収まるように丸め込みます。これにより、無限の値域を持つデータを整数形式で表現可能にします。

例:
Xs=(1.234,3.567,4.678)X_s = (1.234, 3.567, 4.678)Xq=(1,3,4)X_q = (1, 3, 4)


3. ローリングウィンドウ

LLMのコンテキストサイズの制約を考慮し、データをウィンドウサイズ ww に分割します。これにより、長い時系列データも効率的に処理可能です。

例:
データ XqX_qw=5w = 5 として分割:
{(x1,x2,...,x5),(x2,x3,...,x6),...}\{(x_1, x_2, …, x_5), (x_2, x_3, …, x_6), …\}


4. トークン化

数値データを文字列形式に変換し、トークンとして扱えるようにします。数値を桁ごとに分解し、スペースで区切ることでLLMが適切に処理できる形式にします。

例:
数値 123123 → トークン化後 1231 2 3


SIGLLMの2つの異常検知アプローチ

SIGLLMは、以下の2つのアプローチを提案しています。

1. PROMPTER(プロンプトを活用した直接検知)

方法

  • プロンプトを通じてLLMに異常箇所を直接指摘させます。
  • 入力例:
    「以下の時系列データの異常なインデックスを教えてください。」
    Xq={3,5,7,100,6,8}X_q = \{3, 5, 7, 100, 6, 8\}

メリット

  • 実装が容易。
  • プロンプト設計次第で柔軟なタスク処理が可能。

デメリット

  • プロンプトの品質に性能が依存。
  • 時系列データの複雑性が増すと応答が曖昧になる場合がある。

2. DETECTOR(予測に基づく検知)

方法

  • 各ウィンドウの未来値を予測し、予測値と実測値の差異から異常を判断します。
  • 手順:
    1. LLMを用いてウィンドウごとの予測値を生成。
    2. 実測値との誤差を計算。
    3. 誤差が閾値を超えた箇所を異常と判断。

メリット

  • 高い精度で異常箇所を検出可能。
  • 安定した性能を発揮。

デメリット

  • 計算コストが高い。
  • 応答時間が長くなる場合がある。

実験結果と性能評価

使用データセット

  • NASA衛星データ、Yahoo S5ベンチマーク、NABデータセットなど、合計11種類のデータセットを利用。

評価指標

  • F1スコア、精度、再現率を指標に評価。

結果

  • DETECTORアプローチはPROMPTERを135%上回るF1スコアを記録。
  • SIGLLMフレームワークは、ARIMAやMovingAverageなどの従来手法を上回る性能を発揮。
  • 深層学習モデルとの比較では、性能差が平均30%見られるが、学習不要な点で優位性を示す。

SIGLLMの課題と今後の展望

課題

  1. プロンプト設計
    異なるLLM(例:GPT vs MISTRAL)で応答が変化するため、適切なプロンプトが必要。
  2. コストと応答時間
    DETECTORは計算リソースを多く消費し、リアルタイム処理に課題。
  3. 非定常データへの対応
    長期的なトレンドや周期性の影響を適切に捉えるための改良が必要。

実務での活用アイデア

  1. 設備監視
    工場内のセンサーデータから異常動作をリアルタイムに検知。
  2. 金融取引の監視
    トランザクションデータの異常なパターンを発見し、不正を早期発見。
  3. 医療データ分析
    患者のバイタルデータを継続的にモニタリングし、異常値を警告。

結論

LLMを活用したSIGLLMは、従来の異常検知手法に代わる柔軟かつ高効率なアプローチを提供します。特に、追加学習を必要とせず多用途に対応できる点が大きな魅力です。今後の技術進展により、コスト削減や応答速度の向上が実現すれば、幅広い分野で実用化が進むでしょう。

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