目次

技術ネットワーク全体を俯瞰して、見えないリスクに備えよう 🔍

生成AI、特にLLM(大規模言語モデル)が急速に普及する中で、表層的な性能やファインチューニング手法ばかりが注目されがちです。

ですが、
本当に見なければならないのは「その下」にある依存関係の構造です。

たとえば、LLMを業務システムに導入する際に、
「どのモデルが最適か?」
「精度はどれくらいか?」
といった選定は当然ですが…

そのモデルがどんなOSSライブラリに支えられているのか?
脆弱なライブラリを通じて攻撃の入口になっていないか?

そういった**「技術サプライチェーンの全体像」**が見えていなければ、
どれだけ高性能なLLMでも、不意のセキュリティ事故に巻き込まれるリスクはゼロではありません。

本記事では、
LLMを支える依存関係ネットワークの全体像と、
その背後に潜む重大なリスクの構造を、最新の調査とともに詳しく解説します。

導入担当者や開発者にとって、必読の内容です。🚨

https://doi.org/10.48550/arXiv.2504.20763

LLMのサプライチェーンとは?

モデル単体では完結しない、依存関係の巨大ネットワーク

現代のLLMは、GPT系やClaudeなどの中心的モデルだけでは動きません。
実際の運用では、以下のような多数のOSSツールやフレームワークが関与します。

  • 推論エンジン(例:Transformers, vLLM)

  • データ前処理ライブラリ(例:datasets, LangChain)

  • APIサーバ(例:FastAPI, Flask)

  • クラウド接続/オーケストレーション(例:Ray, Airflow)

  • Agent制御系(例:AutoGPT, CrewAI)

これらは個別の開発者やコミュニティによって提供されており、
更新頻度も高く、依存関係は極めて複雑化しています。

しかも、こうしたパッケージの一部に重大な脆弱性がある可能性があるということが、
最新の研究によって明らかにされつつあります。


LLM開発を支えるOSSエコシステムの構造

今回の調査では、実際に数万件のパッケージを分析し、依存ネットワークをマッピングしています。

🔍 パッケージの収集対象

  • Python系(PyPI):約34,000件

  • JavaScript系(NPM):約10,000件

計44,000件以上のメタデータを解析し、その中からLLMに関連する15,725件のOSSパッケージを抽出。
ここには、以下のようなジャンルが含まれています。

  • 前処理・トークナイザー

  • プロンプト構造支援

  • モデルオーケストレーション

  • ベクトルDBインターフェース

  • 推論APIの管理など

その選別には、LLMを用いた「説明文の意味解析」も使われ、
AI自身が「どのパッケージがLLM関連か」を分類するという、
まさに“AIによるAIの監査”とも言える手法が採られました。


LLMサプライチェーンに潜む脆弱性とは?

依存関係が増えれば、当然ながら攻撃対象領域(アタックサーフェス)も拡大します。

調査チームは、次の3つの脆弱性データベースから情報を集めました:

  • MITRE(CVE一覧)

  • GitHub Advisory Database

  • huntr.dev(OSSセキュリティ脆弱性ハブ)

この結果、7,151件の脆弱性情報が抽出され、
さらにLLM関連で重大と判断された180件の脆弱性が特定されました。

とくに注目すべきは、以下のような傾向です:

  • 中核パッケージ(例:Transformers)に依存する他の多数のパッケージが連鎖的に影響を受ける

  • メンテナンスが止まっているパッケージがリスクの温床になっている

  • 軽視されがちな小規模ツールにも深刻な情報漏洩の脆弱性が潜む

つまり、一つの見落とされたパッケージが、全体の信頼性を損なう“時限爆弾”になり得るのです。


技術スタックの偏在と脆弱性の集中点

分析結果から浮かび上がったのは、特定フレームワークやOSSへの極端な依存集中でした。

たとえば:

  • PyTorch系列に依存するパッケージ群が巨大なクラスタを形成

  • LangChain関連パッケージは、約1,000以上が同系統の設計

  • 一部のベクトルDB接続ライブラリが、驚くほど多くのプロジェクトに使われている

このような「依存の一点集中」は、脆弱性の伝播スピードを加速させます。

特にLLM開発では、「小さなパーツを組み合わせるアーキテクチャ」が主流であるため、
一部が崩れれば全体が崩れるリスクが現実となり得ます。


方法の紹介|技術スタックを可視化し、リスクを軽減するには?

以下のような技術的アプローチが、今後のLLM活用には不可欠です。


✅ 依存関係ネットワークの可視化ツールを導入

  • pipdeptreenpm ls による依存ツリーの静的解析

  • Neo4jやNetworkXでのグラフ化により「中心的ノード」を可視化


✅ OSS脆弱性データベースとの自動照合

  • SnykやDependabotなどの自動スキャンツールをCIに統合

  • 各パッケージの更新履歴とCVE情報を常時監視


✅ ゼロトラスト的なアプローチを導入

  • LLMの周辺APIに「入力フィルタ」や「異常検知」を設置

  • 未認証OSSや匿名提供者のパッケージ利用を制限

依存関係グラフの再現方法

ノードは「パッケージと脆弱性」、エッジは「依存と伝播」を示す

調査で得られた15,000件超のLLM関連パッケージと、180件の脆弱性データ。
これらをもとに研究チームは、有向グラフ(Directed Graph)構造を作り上げました。

  • ノード(点) → OSSパッケージや脆弱性

  • エッジ(矢印) → パッケージ間の依存関係/脆弱性の波及経路

上流のパッケージから下流の依存へと矢印が伸び、
リスクがどこからどこへ「流れうる」のかを示す構造になっています。

📊 構築されたグラフのスケール:

  • ノード数:61,965個

  • エッジ数:26,736本

これにより、LLMを支える技術エコシステムの全体像が、はじめて「構造として」明らかになったのです。


依存構造の可視化が明かした、意外な実態

🔎 依存ツリーの数は404系統

パッケージ群は404個の独立した「依存関係ツリー」に分類されました。
中でも驚くべき事実は、上位10ツリーがノード全体の78%を占めていたという点です。

つまり、一部の巨大構造に依存が極端に集中しているのです。

  • 平均ツリーサイズ:約37ノード

  • 中央値:2ノード

  • 80%以上のツリーが5ノード未満の小規模構造

これは、「再利用性が高くて良い構造」とも言えますが、
逆に言えば、少数の基幹パッケージに不具合があれば大規模障害に直結するという警告でもあります。


構造パターン別のリスク分析

繰り返し現れる構造は、障害の「伝播経路」でもある

依存グラフを詳細に分析することで、次のような典型的構造パターンが確認されました:

  • 💎 ダイヤモンド型:複数の依存パスが中間ノードで合流(再利用されやすい構造)

  • 🔺 三角形型:3ノードが密に接続、モジュール間の相互依存

  • 🌟 スター型:中心にあるノードが多数の依存を受け持つ(Hubノード)

  • チェーン型:直列に依存がつながる(小規模構造に多い)

  • 🔁 循環型:依存ループを形成し、解決困難な構造を生む

最も多く見られたのはダイヤモンド型(6,900件)と三角形型(5,900件)。
これらは再利用の証である一方、脆弱性の伝播ルートにもなりやすい構造です。


共通ノードと共有パスの存在が示す、リスクの「交差点」

グラフの分析により、次のような“交差点”が確認されました:

  • 共通ノード:複数のツリーにまたがって使われているノードが2,767件

  • 共通依存パス:複数ツリーで同一の依存構成が311件確認

代表例:

  • Interpret → Error-Analysis → Model-Assessment

  • GraphQL Transformer → API Construct → Data Construct

これらの横断的な接点は、高い再利用性を持つ反面、
**障害や攻撃が拡散しやすい「交通の要所」**でもあります。


機能ドメイン別に分類されたLLMエコシステム

パッケージを担う「役割」から見た構造の偏り

研究チームは、パッケージのREADMEやメタデータをLLMで解析し、
次の14カテゴリに分類しました:

  1. データインデックス

  2. データパイプライン

  3. ベクトルDB

  4. モデル統合

  5. モデル量子化

  6. トレーニング・微調整

  7. LLMゲートウェイ

  8. LLMキャッシュ

  9. LLM推論

  10. ロギング/LLMOps

  11. オーケストレーション

  12. RAGフレームワーク

  13. プラグイン/外部ツール

  14. アプリ・フロントエンド

その結果、「プラグイン/外部ツール」カテゴリが全体の**44%(6,960件)**と最も多く、
次いで「LLM推論(1,696件)」が続く構成となりました。

このことからも、LLMは中核技術というより、“接続性の高い部品群の集合体”として動いていることが分かります。


ドメイン間依存の構造とは?

「誰が誰を支えているのか」が見えてくる

依存関係の流れをドメイン間で分析すると、次の構造が明確になりました:

  • 🔗 プラグイン → LLM推論:最も多い依存の流れ

  • 🔁 プラグイン ↔ プラグイン:相互依存が高頻度で発生

  • 🧬 トレーニング → モデル統合/推論:中核処理の流れ

このような流れは、機能面の役割以上に、開発現場での利用パターンを反映しています。

つまり、LLMアプリケーションは、
「LLM本体」よりも「周辺ツール群」が支えている状態であり、
その依存構造の理解なしにセキュリティ対策を語ることはできないのです。

モジュール構造の「弱点」とは?

特定のドメインに依存が集中している場合、
その部分に障害や非互換が発生すると、関連パッケージ群が一斉に機能不全に陥る可能性があります。

とくに、中心的ライブラリに多数の外部ツールが“ぶら下がっている”状態では、
アップデートの互換性問題や、セキュリティホールの波及が加速します。

このため、LLM関連アプリケーションを設計・選定する際には、
依存構造そのものの俯瞰的な把握が、技術的な安定性や保守性の担保に欠かせません。


セキュリティリスクはどこから広がるのか?

中心ノード、橋渡しノード、依存の深さに要注意 🛡️

エコシステムの構造が明らかになった次に、研究チームが注目したのは、
**「脆弱性がどこで発生し、どう伝播するのか?」**という点です。

その結果、セキュリティリスクが拡大しやすい**“構造的ホットスポット”**が浮かび上がりました。


高リスク構造①|多数の下流に依存されている「ハブノード」

たとえば、次のようなパッケージが極端な依存を集めています:

  • openai(v4.96.0) → 1,900件以上が依存

  • pandas(v2.2.3) → 約1,860件

これらのような「ハブ的存在」は、たった1つの不具合が千件単位のパッケージに波及する危険性をはらんでいます。


高リスク構造②|多くの外部に依存している「多依存ノード」

逆に、多数の外部パッケージに依存しているツールもまた高リスクです。
こうしたノードは、上流の不具合に影響されやすく、メンテナンスの難易度が跳ね上がる傾向があります。


高リスク構造③|異なるグループを橋渡しする「ブリッジノード」

「橋渡しノード」とは、複数の依存グループの間をつなぐ構造的な交差点です。

例:language-model-toolkit(PyPI v0.1)
このパッケージは、openai, onnxruntime-tools, pandas などにまたがり、
複数の重要ツリーの要所に配置されていました。

このようなノードは、見た目は地味でもリスク伝播のハブになる可能性があります。


実例|CVEの拡散が示す、依存構造の恐ろしさ

注目されたCVEのひとつが、transformers(v4.36.0以前)に報告されたCVE-2023-6730です。

この脆弱性は以下のように伝播しました:

  • 直接影響:16件のルートパッケージ

  • 間接波及:1,300件超のパッケージ

📊 層別で見た影響範囲:

  • レイヤー2 → 平均142件

  • レイヤー3 → 平均237件

このように、依存関係の浅い層で一気にリスクが広がる構造は非常に厄介です。


セキュリティリスクは年々増大している

CVEの報告数の推移は、明確に右肩上がりです:

  • 📅 2023年初頭:CVE件数ゼロ

  • 📅 2025年2月159件に到達

  • 📦 影響を受けたノード数:14万件超

これは、LLM関連エコシステムの爆発的成長と連動してリスクも膨張していることを意味します。


セキュリティ対応は「構造を視る」視点から

パッケージ単体の対策では不十分

依存関係に基づく脆弱性の拡大傾向を踏まえると、
もはやセキュリティ対応を単一のパッケージレベルで行うのは限界です。

  • 🔎 影響範囲の特定にはグラフ分析が不可欠

  • ⛓️ 間接的な依存を追跡する体制の整備

  • 🚨 脆弱性報告が出たら即座に伝播範囲を確認

こうしたネットワーク的な視点を持たないと、
「知らぬ間に自分のシステムが被害を受けていた」という事態を招きかねません。


前提条件と分析の限界

完璧な分類は存在しない。だが、可視化は前進である。

🎛️ 分類モデルは「最も関連する1カテゴリ」のみ割当

現実には、1つのパッケージが複数の役割を担うこともあります。
本分析では便宜的に「最も適合するドメイン」を1つだけ割り当てています。

したがって:

  • 📌 分類はあくまで簡略化された“俯瞰図”である

  • 📌 一部の多機能パッケージの特徴が埋もれる可能性がある

とはいえ、全体の構造を見渡す視点としては有用です。


🧬 脆弱性伝播の可能性 ≠ 実害の確定

たとえば、依存関係上で脆弱性が伝播する可能性があったとしても、
実際にその脆弱な関数が使われていなければ被害は発生しない場合もあります。

つまり、

「依存関係上にある = 自動的に危険」
という短絡的な判断は避けるべきです。

この研究の視点は、“潜在リスクの広がり方”を推定するためのマッピングであることを忘れてはいけません。


🌀 LLMサプライチェーンの特異性

一般的な深層学習基盤と異なり、LLMエコシステムは:

  • 🆕 ツールの新陳代謝が速い

  • 🌐 全体がまだ発展段階

  • 🔗 局所的に密、全体として疎な構造を持つ

こうした動的・複雑な構造は、固定的なセキュリティ評価を困難にする要因でもあります。


まとめ|LLM開発における「依存構造の眼」が未来を変える

本記事では、LLMを支える巨大なOSS依存構造の可視化と分析について紹介しました。

✅ モジュール的かつ柔軟な構造は、開発のしやすさを支えている
✅ しかし、依存集中や橋渡しノードがリスク伝播の起点となりうる
✅ 脆弱性は浅い階層で急速に拡散しやすい構造的特徴を持つ
✅ セキュリティ対策は、パッケージ単体ではなく構造全体を見据える必要がある

今後、LLMの導入や新規開発を進める際には、
依存構造を可視化し、中心的なパッケージやリスクの交差点に注目する視点が求められます。

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